一月八日

「培地で少し冷やしてから、おもむろに撒くんですわ」 先生はそう言うと、培地につけたコンラージを器用になすっていく。学生時分ボート部であった先生の手は大きく、少々の細かな所作ではゆるがない。見事なものである。 私は自分に任された数個の培地を試みた。 「こんなことも昔は学生実習でやってましたが、培地をつぶしてしまう学生が結構いましてね」 私はどうやら培地は潰さずに済んだが、たかが数個に随分手間取った。アルコールに漬けてあるコンラージを火で軽く炙るのだが、その熱で大腸菌を死なせやしないかと心配でならない。
ふと隣の教室が騒がしいから見てみると、代謝生化学の試験結果を公表しているのだった。ガッツポーズを取る者、胸を撫で下ろす者、肩を落とす者、三様の有様を呈している。今年の代謝生化学はどうやら難しかった。随分再試験を受けるらしい。あるいは先生を、なんらかの振る舞いで怒らしたのかも知れない。
私は部屋に引っ込むと、帰りの支度を始めた。うわあ、きゃあという感嘆が聞こえてくる。 「私はこれから、日本語学校に行くんだ」と、マレーシアから来た人が僕に言った。 「7時から夜遅くまで」 それは大変だ、ハードワークだと言うと、 「to survive」と笑いながら言った。