2016-01-29から1日間の記事一覧

一月八日

「培地で少し冷やしてから、おもむろに撒くんですわ」 先生はそう言うと、培地につけたコンラージを器用になすっていく。学生時分ボート部であった先生の手は大きく、少々の細かな所作ではゆるがない。見事なものである。 私は自分に任された数個の培地を試…

高千穂行

3月の高千穂は雲に覆われつつあった。 午前中に韓国岳に登って、午後から高千穂に登ろうというのは無謀であった。 天気予報は宮崎の雨を告げている。 這々の態で帰ってきた私をビジターセンターのおばさんは優しく迎えてくれた。 「いよいよ雲が出て来ました…

平日

「君はもっと人生を楽しんだ方がいいんじゃないかな」 彼は蛇のように手をくねらせると、こちらを見ないで軽やかに踊る。 「一人でいてもいいことは無い」 彼の忠告はもっともだった。一人でいてもいいことは何も無い。 「努力をしなくてはいけないよ」 池の…

冬の朝

なにか不思議な声が聞こえると思ったら比叡山からの托鉢であった。 雲母坂から来た彼らが坂道を下るのが見える。 「おー、おー」と呼ばわりながら、黒い衣の僧が数人行き過ぎてゆく。角の地蔵を過ぎて早くも見えなくなった。 角の地蔵には毎朝線香があげられ…

奈良とテレビ

うどんの起源は奈良にありとテレビが言っているので見てみるときしめんのようなうどんなのである。 奈良の起源は多い。 茶礼の祖、村田珠光は奈良の出とも言う。 そうめんは三輪素麺が初めというし、 清酒の初めは正暦寺である。 相撲は穴師の相撲神社が起源…

大和郡山

昔浦上のキリシタンが浦上から追放されて各地に流されたが、その一群は大和郡山に配流になったと言う。 しまいに大人は天川の銅鉱山にやられ、子供は奈良大仏そばに送られた。 目立った拷問はなかったそうだが扱いは良くもなく、しかし大勢棄教せずに再び浦…

前の大学

衣笠の大学の敷地は狭くて一周二十分もかからない。その中に数個の学部があって、何千の人間がいるからたまらない。学内は常に騒がしく、背の高い髪を染めた威勢のよい男、男たちに取り巻かれて輝くばかり笑顔の黒髪の女、答案を書きやすい学説を模索する眼…

押熊と琵琶湖

昔仲哀天皇という帝が坐したが、お妃の一人が息長帯比賣命という方だった。 さて当時はまだ九州に熊襲と呼ばれる民がいたので、これが帝に従わないから仲哀天皇もこれを討つことにしたのである。 筑紫に帝が陣入りなさって、熊襲を討つ先駆けに神託を乞いな…

高槻行

高山右近が福者に列せられた。 「こんにちは」と品の良いおばあさんが挨拶してくれた。 カトリック高槻教会は1946年に高山右近を偲んで建てられたものだが、高山右近は列聖されていないから、聖母マリアと二十六聖人に捧げられた。高山右近は生前聖母マリア…

白山行

うるわしい白山。 黒ボコ岩という巨岩を越えたら、弥陀が原に入った。 高原には一面のササ、それからハクサンフウロ、ところどころに島のごとくナナカマドが生えていて、それが真っ赤に染まっていて目に鮮やかだ。 空青く風も吹くけど音はしない。静かな高原…